大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 昭和44年(行ウ)32号 判決

川西市久代字西浦一二

原告

坂上正彦

右訴訟代理人弁護士

川西譲

足立昌昭

井藤誉志雄

伊丹市伊丹字溝口七〇の二

被告

伊丹税務署長

北村政雄

右指定代理人

陶山博生

砂本寿夫

徳修

渡辺丸夫

佐々木達夫

池永治夫

住永満

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告が原告に対し、昭和四二年一〇月二三日付でなした原告の昭和四一年所得金額八二二万九、〇八九円および所得税額二九九万五〇〇円並びに過少申告加算税一一万一、七〇〇円とする更正処分を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文同旨

第二当事者の主張

一  原告の主張

1  原告は農業を営むものであるところ、被告に対し昭和四一年度分所得三三三万二、二四〇円、所得税額七五万四、七三五円の確定申告をした。これは、原告が昭和四二年三月伊丹税務署の納税相談において担当税務署員に伊丹市荻野松ケ本三二一番ないし三二三番の田(以下本件土地ともいう。)の売買契約書等の関係書類を見せて確定申告書に記載してもらいそのまま申告書を提出したものであり、原告としては確定申告書記載の課税所得や所得税額が算定された計算方法は知る由もなかつた。

2  然るところ、被告は昭和四二年一〇月二三日原告に対し所得金額九八八万六、三九〇円、所得税額三八一万九、〇七〇円の更正処分および過少申告加算税一五万三、二〇〇円の賦課決定処分をした。

そこで、原告はこれに対し昭和四二年一一月二二日被告に対し異議の申立をしたが、同四三年二月二三日審査請求がなされたものと見做され、昭和四四年五月一四日大阪国税局長はこれを棄却し、同年六月一〇日原告に通知した。

3  被告は昭和四五年一月三〇日所得金額を八二二万九、〇八九円、所得税額を二九九万五〇〇円に減額する再更正および過少申告加算税を一一万一、七〇〇円とする決定をした。

4  しかしながら、原告の昭和四一年度の所得金額および所得税額は確定申告のとおりである。右更正処分には次のとおりの違法がある。すなわち

被告は原告の確定申告が過少申告であるとして更正した。しかるに原告が異議申立をし、原告が協議団に対し本件土地を坪当り八、〇〇〇円の割合(合計金九一九万二、〇〇〇円)で売却した旨申述したが、被告は本件土地の時価は二〇七九万六、九〇〇円であるとして突如所得税法第五九条一項二号の規定を適用して原処分は相当であるとした。しかし本件土地の譲渡価格は九一九万二、〇〇〇円であり、ほぼ時価相場である。従つて所得税法五九条一項二号の適用の余地はない。なお被告は本件土地を宅地見込地として時価を算定しているが本件土地はあくまで農地として耕作目的で譲渡されたものであり、宅地見込地として評価することはできない。

5  なお原告の主張する譲渡所得は次のとおりである。

(1) 譲渡による収入と経費

(イ) 譲渡による収入金額 九一九万二、〇〇〇円

昭和四一年二月二四日原告は中浜辰治に対し本件土地(合計三反八畝九歩)を坪当り八、〇〇〇円合計九一九万二、〇〇〇円で売渡した。

(ロ) 取得原価 一七三万二、五〇〇円

(ハ) 取得経費 四万八、七一〇円

(ニ) 譲渡経費 二、一四〇円

(ホ) 買換資産の取得価格 九六万五、〇〇〇円

(2) 譲渡所得の計算

(イ) 収入金 八二二万七、〇〇〇円

(ロ) 収入金に見合う取得価格および経費 一五九万四、二一三円

(ハ) 収入金に見合う譲渡経費 一、九一五円

(ニ) 譲渡所得 三二四万〇、四三六円

6  確定申告、更正および再更正の内容が別表各欄記載のとおりであることは認める。

二  被告の主張

1  原告主張1ないし3の事実は認める。ただし、伊丹税務署の職員が原告に代つて原告の確定申告書を記載したことはない。なお本件確定申告、更正および再更正の内容は別表の各欄記載のとおりである。

2  原告は、昭和四二年三月伊丹税務署における昭和四一年分所得税確定申告の納税相談において資産税担当職員に対し、本件土地の売却価額は金五七四万五、〇〇〇円(坪単価五、〇〇〇円)であり、またその取得価額は金一七三万二、五〇〇円である旨を売買契約書を提示して申述した。同担当職員は原告に対し右売却に要した費用の明細を明らかにすることや右売却価額が近隣の取引事例に比べて著しく低額であるから適正な申告をするよう指導した。しかしながら原告は売却価額を金五七四万五、〇〇〇円とする確定申告書を被告署長に提出した。

なお原告主張のように右担当職員が原告に代つて原告の確定申告書を記載したことはない。

更に原告は審査請求においても担当協議官に対し本件土地の売却価額は金七四五万五、〇〇〇円である旨申述したものであり、原告は本件土地の売却価額が九一九万二、〇〇〇円であると申述したことはない。

3(一)  原告は右の如く本件土地の譲渡収入金額は金五七四万五、〇〇〇円であると申告したものであるが、本件土地の価額(時価)は金一、八九八万円であつて原告の申告した譲渡収入金額は右金額と比較すると所得税法五九条一項二号および同法施行令一六九に規定する著しく低い価額の対価に相当するから右法条を適用し、本件土地は右時価で譲渡したものとみなして右金額一、八九八万円を譲渡収入金額として譲渡所得金額を計算したものであつて被告のなした更正処分にはなんらの違法はない。なお原告の譲渡所得は次のとおりである。

譲渡所得の発生事実

(1) 譲渡の基因となる資産(以下本件土地という)

伊丹市荻野松ケ本三二一番地 田 一、二〇九平方米(約一反二畝〇六歩)

〃三二二番地 田 一、四四七平方米(約一反四畝一八歩)

〃三二三番地 田 一、一四〇平方米(約一反一畝一五歩)

合計 三、七九六平方米(約三反八畝〇九歩)

(2) 譲渡の時期 昭和四一年二月二四日

(3) 譲受人 相生市大野町上五一二番地の二

中浜辰治

(4) 譲渡による収入金額 一八、九八〇、〇〇〇円

原告の主張する譲渡金額五、七四五、〇〇〇円は本件土地の譲渡時における時価一八、九八〇、〇〇〇円に比し著しく低額であるので、所得税法五九条一項二号を適用して時価でもある一八、九八〇、〇〇〇円により本件土地の譲渡があつたものとみなした。

(5) 取得価額及び譲渡に要した費用 一、七八三、三五〇円

(イ) 取得原価 一、七三二、五〇〇円

(ロ) 取得費用 四八、七一〇円

(ハ) 譲渡に要した費用 二、一四〇円

(ニ) 合計 一、七八三、三五〇円

租税特別措置法三五条(居住用財産買換えの特例)、三八条の六(事業用資産買換えの特例)の適用による譲渡所得の計算

(1) 本件土地の譲渡による収入金額(時価) 一八、九八〇、〇〇〇円

(2) 取得した居住用財産等(以下買換資産という)の取得価額 九六五、〇〇〇円

(3) 譲渡所得計算上の収入金額((1)~(2)) 一八、〇一五、〇〇〇円

特例の適用により(1)の収入金額 一八、九八〇、〇〇〇円のうち(2)の取得価額九六五、〇〇〇円については譲渡がなかつたものとされるから(1)から(2)を控除した。

(4) 譲渡所得計算上の取得価額及び譲渡に要した費用 一、六九四、一八二円

租税特別措置法施行令二四条、二五条の六、二五条の七の規定により譲渡所得計算上の取得価額及び譲渡に要した費用は、譲渡資産の収入金額一八、九八〇、〇〇〇円のうちに占める買換資産九六五、〇〇〇円の割合に相当する金額を控除した金額となるから、前記第三項(5)の取得価額及び譲渡に要した費用を基礎として次の如く計算した。

〈省略〉

(5) 譲渡所得金額 八、〇八五、四〇九円

(3)の金額から(4)の金額および特別控除額一五万円を控除した金額の二分の一である。

〈省略〉

(二)  原告は本件土地はあくまで農地として耕作目的で譲渡されたものであるから宅地見込地として評価することは不合理であると主張するが、耕作目的であるか否かは譲受人の主観的問題であつて譲渡人たる原告の関知するところではない筈である。即ち譲渡人としては譲受人の使用目的にかかわらず近傍類地の売買実例を基礎として成立するいわゆる時価で売却する筈のものである。

本件土地は、その付近は昭和三九年六月一日建設大臣から都市計画法および建築基準法により住居地域に指定されて宅地化することが計画されており転用の許可が容易な地域である。

更に本件土地を含む地区は伊丹市より昭和四五年八月五日土地区画整理事業の事業計画が決定されており本件譲渡当時には既に市街地の造成が計画されていたと推測され宅地見込地として評価することになんら違法はない。

第三証拠

一、原告は甲第一。第二号証を提出し、証人中浜辰治、同北村広行、同平井武文の各証言および原告本人尋問の結果を各援用し、乙第一号証の一の成立は不知、同第三号証のうち原告の住所、氏名、印影の部分の成立は認めるがその余の部分の成立は不知、その余の乙号証の成立は認めると述べた。

二、被告は、乙第一号証の一・二、同第二・第三号証、同第四号証の一・二、同第五号証、同第六・第七号証の各一・二を提出し、証人金子秀雄の証言を援用し、甲号各証の成立は認めると述べた。

理由

一、原告は、昭和四二年三月二五日、被告に対し昭和四一年分所得税につき別表確定申告欄記載のとおり確定申告をしたところ、被告は同年一〇月二三日別表更正欄記載のとおり更正をなし、原告はこれに対し異議申立をしたところ審査請求がなされたものとみなされ、同四四年五月一四日大阪国税局長は請求を棄却するとの裁決をした。そこで原告は右更正処分の取消を求めて本訴を提起したところ、被告は同四五年一月三〇日別表更正欄記載のごとく再更正した。以上の事実は当事者間に争いがない。

二、原告は昭和四五年一月三〇日付減額更正にかかる同四二年一〇月二三日付更正処分の取消を求めるものであると解されるところ(本件再更正処分は本件更正処分の課税標準および所得税額を減額訂正したものであり、その実質は更正処分の一分取消であり、右更正処分と一体をなし、当初から右のように減額訂正された更正処分があつたものと解される。)前記一で明らかなように本件の争点は、原告の昭和四一年分の譲渡所得がいかほどであつたかに存する。よつて以下右年度の原告の譲渡所得について検討する。

1  右譲渡所得の発生事実が原告の昭和四一年二月二四日中浜辰治に対する本件土地(三筆合計三、七九六平方米)の譲渡(以下本件売買という。)であること、右土地の取得価額および譲渡に要した費用の合計が金一七八万三、三五〇円であること、買換資産の取得価額が金九六万五、〇〇〇円であることは当事者間に争いがない。

2  本件土地の売買代金額について検討する。

成立に争いのない乙第二号証、原告の住所、氏名、印影部分の成立につき争いがなく、その余の部分は弁論の全趣旨により成立が認められる乙第二号証、いずれも成立に争いのない乙第四号証の一、二、証人中浜辰治(但し措信しない部分を除く)、同平井武文、原告本人尋問の結果(但し措信しない部分を除く)および弁論の全趣旨を総合すると、「原告は中浜辰治に対し、本件土地を坪五、〇〇〇円、合計金五七四万五、〇〇〇円で売渡した」ことが認められる。

証人中浜辰治、原告本人は「本件土地は坪当り八、〇〇〇円で売買したものであるが税金対策のため坪五、〇〇〇円合計五七四万五、〇〇〇円とする売買契約書(乙第二号証)を作成した」旨供述する。なるほど、税金対策のため実際の売買代金より低廉な価額による売買契約書を作成することは世上稀ではないが、右証人、原告本人の売買代金(坪八、〇〇〇円とすると合計九一九万二、〇〇〇円)の授受に関する供述(その支払方法、金額、領収書の交付の有無)はあいまいな点が多く、また両者の一致する点も少いこと、成立に争いのない甲第一号証、証人平井武文の証言および弁論の全趣旨により認められる原告は異議申立および審査請求の際にも協議官に対し売買代金は五七四万五、〇〇〇円である旨申述している事実、および乙第二号証、同第四号証の一・二に照すと右供述は措信し難い。なお原告は協議官に対しては坪八、〇〇〇円の割合で売却したと申述した旨主張し、証人北村広行、原告本人は右同旨の供述をする。しかし右各供述は、甲第一号証および証人平井武文の証言に照してたやすく措信し難い。その他前認定を左右するに足りる証拠はない。

3  昭和四二年二月二四日当時の本件土地の時価につき検討する。

証人金子秀雄の証言により成立が認められる乙第一号証の一、いずれも成立に争いのない同第一号証の二、同第六・第七号証の各一、証人金子秀雄の証言および原告本人の「本件土地は坪一万円若くはそれ以上ではないかと思つていた」旨の供述を総合すると、「本件土地の昭和四二年二月二四日当時の時価相当額が一平方メートルあたり五、〇〇〇円合計一、八九八万円であつた」と認めることができる。

ところで右乙第一号証の一(不動産鑑定士金子秀雄作成の本件土地の鑑定評価書)は、同号証の記載自体からして、本件土地を宅地見込地として時価を算定していることが明らかである。

原告は本件土地は農地として耕作目的で譲渡されたものであり、宅地見込地としてなされた右鑑定は本件に適用できない旨主張する。しかし乙第六・七号証の各一、証人金子秀雄の証言および弁論の全趣旨によると、本件土地周辺は、昭和三九年六月一日都市計画法により建設大臣から住居地域に指定されていること、従つてまた農地法所定の転用許可も比較的容易に得られること、本件土地周辺は昭和四五年八月五日には伊丹市により阪神間都市計画事業荻野土地区画整理事業として事業計画が決定されており、本件土地の売買時においても将来宅地化することが予想されたと考えられること、本件土地は農道(乙第一号証の一によると巾員二・五メートルであると認められる。)に面していることが認められるのであつて、本件土地を宅地見込地として評価したことが合理性を欠くこものとは認め難い。

してみると、本件土地が仮に農地として耕作目的で譲渡されたとしても、宅地見込地として時価を算定することはなんら支障がないというべきである。また証人金子秀雄の証言によると本件土地を宅地見込地として取引事例比較法により鑑定評価したことが認められるところ、右証言および弁論の全趣旨によると、乙第一号証の一記載の取引事例(イ)については、右(イ)の土地の売買時における地目の調査が不十分であつたことが認められ、右(イ)の土地の売買が宅地見込地の取引事例として適切であるかは疑問なしとしない。しかし右乙第一号証の一の鑑定において最も重視された取引事例は同号証の一記載(ロ)の取引事例であること、右(ロ)事例の土地は本件土地の北方松ケ本三三七番、同三三八番をはさんで存在する同三三六番の一の土地であり、本件土地に極めて隣接し客観的条件も類似する土地であることが、乙第一号証の二および前記金子証言により認められるから、取引事例(イ)について前記疑問があることのみをもつては、いまだ乙第一号証の一の合理性を疑わしめるに十分でなく、証人北村広行の本件土地は右取引事例(ロ)の土地に比して低地にあり湿地帯である旨の証言は、証人金子秀雄の証言に照してた易く措信し難く、その他乙第一号証の一の鑑定結果の合理性を疑わしめるに十分な証拠はない。他に冒頭認定を左右するに足りる証拠はない。

4  以上によると、本件土地の譲渡価額は金五七四万五、〇〇〇円であり、右価額が本件土地の時価相当額一、八九八万円の二分の一に満たないことは明らかである。従つて、被告において所得税法五九条一項を適用し、時価相当額(一、八九八万円)により譲渡がなされたものとみなし、譲渡所得を算定したことに違法はない。そして所得税法、租税特別措置法により原告の譲渡所得を算定すると金八〇八万五、四〇九円となる。

三、以上によれば、昭和四一年分の原告の総所得は農業所得金一四万三、六八〇円および譲渡所得金八〇八万五、四〇九円の合計金八二二万九、〇八九円であり、被告が右金額を課税標準として所得税法に従い所得税額を算定してなした本件再更正処分は正当であり、また国税通則法に従い過少申告加算税を賦課したことも正当である。

四、よつて本件更正処分の取消を求める原告の本訴請求は理由がなく失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 乾達彦 裁判官 糟谷那彦 裁判官 宗宮英俊)

別表

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例